長い文章ですが、
お茶漬けのようにサラサラ読めます
『無駄な抵抗はよせ理論』
〜しもやん流、ありのまま生きる物語〜
ある日、講演が終わった控室で、
ひとりの若者がしもやんに声をかけた。
「しもやん!200人とか300人の前で
話すって、緊張しないんですか?」
しもやんはニヤリと笑って、
アイスコーヒーをひとくちすすると、
こんな話を始めた。
「緊張するってな、
失敗したらどうしようって
心配するからやねん。
うけへんかったらどうしよう?
話に詰まったらどうしよう?
いろんな不安で、
心がガチガチになるんや。」
若者はうなずいた。
しもやんは、さらに言葉を重ねる。
「そもそも、
失敗するのが自分やのに、
失敗せん自分になろうとするから
おかしなる。
自分以外の誰かになろうとするから、
緊張するんや。
ありのままの自分でええねん。
失敗しても、ええねん。」
そう言って、しもやんは笑った。
まるで喫茶店で
友だちとお茶してるみたいな、
そんな自然体の笑顔だった。
「コメダ珈琲で主婦が集まって
おしゃべりしてるの、
見たことあるやろ?
あの人ら、誰も緊張なんかしてへん。
4人でしゃべるのも、
300人に向かって話すのも、
本質は同じや。」
しもやんは、
自分なりの理論をこう呼んでいた。
『無駄な抵抗はよせ理論』と。
「失敗することが普通。
怖がる必要なんかあらへん。
男ってな、
カッコよく見られたがるけど、
それって“今はカッコよくない”
って思ってるからや。」
しもやんは、自分を
「もともとカッコいい」と思っていた。
だから、無理して
背伸びすることも、
着飾ることもなかった。
「大ホールで講演するときも、
スーツなんか着たことないで。
いつもジャージやで。
寝癖? あれはアクセサリーや」
そう言って、しもやんは
頭をクシャクシャっとかき回した。
その髪の毛は、まるで自由を
謳歌する小さな生き物たちのように、
好き勝手な方向を向いていた。
「髪の毛にも自由を!
ドライヤーなんか使わへんで。
あっつい熱風浴びせて、
右向け右!って
整列させるなんて、軍隊みたいやろ。」
若者は吹き出した。
こんなに楽しそうに、
自由に生きている大人を、
初めて見た気がした。
「人前で話したり、歌ったり、
演奏したり。
失敗して当たり前。
恥かいて、悔しい思いして、
そこからうまくなるんや。」
しもやんの声は、
どこまでも優しかった。
「ほんまはやりたいけど、
遠慮してること、あるやろ?
怖がってること、
あきらめてること、あるやろ?
無駄な抵抗はよせ。
失敗したらええ。
誰もお前の失敗なんて覚えてへん。」
しもやんは、空を仰いで
大きく息を吸った。
「人間、どうせいつか死ぬんや。
それやったら、
好きなこと、やろうやないか。
好きなことを見つけて、
磨き続けたらええ。」
若者はそのとき、ハッと気づいた。
今まで自分は、カッコつけて、
失敗を怖がって、
ずっと無駄な抵抗ばかりしてたことに。
「好きなことをやれ。
いっぱい掘り起こせ。
そして、ありのままの自分で、
堂々と立つんや。」
しもやんは、最後にニカッと笑った。
「無駄な抵抗は、よせよせ!」
その言葉が、
若者の心に深く刻まれた。
数年後、この若者もまた、
200人の前で笑顔で
スピーチする人間になっていた。
もちろん、ジャージ姿で、
寝癖をつけたまま。
『無駄な抵抗はよせ理論』
〜若者、講演デビューの巻〜
数年後――。
その若者は、
備前市の小さな市民ホールの楽屋で、
ひとり深呼吸していた。
客席には、
地域の吉永町の人たちがたくさん
集まっている。
人数は、およそ150人。
初めてにしては、なかなかの人数だ。
司会者がマイクを通して
紹介する声が聞こえた。
「それでは本日の講師、
たいち君の登場です!」
背中を押されるように、
若者はステージに出た。
――いや、もう若者ではない。
自分の力で未来を切り拓こうとしている、一人の大人だった。
Tシャツにジーンズ。
寝癖がちょこんと立ったまま。
足元は、真っ白なスニーカー。
胸の中には、しもやんに、
もらったあの日の言葉があった。
『無駄な抵抗はよせ。
ありのままでええ。』
マイクを持つ手が、
少しだけ震えていた。
でも、若者は
その震えを隠そうとしなかった。
「みなさん、こんにちは!」
少し高めの声。
けれど、しっかりと響いた。
会場のあちこちから、
温かい拍手が返ってくる。
若者は、ゆっくりと話し始めた。
「実は、今日ここに立つのが、
すごく怖かったです。
だけど……失敗してもいいやって
思ったら、勇気が出ました。」
客席の空気が、
ふっと和らぐのがわかる。
「だって、僕がうまく話せなくても、
きっと皆さん、
晩ごはんの時には忘れてますよね?(笑)
だから、今日は、ありのままの
自分で話したいと思います!」
また、笑いと拍手。
あの日、
しもやんが言っていたことは、
本当だった。
話は、つたなかった。
ところどころ、言葉につまったり、
思わず笑ってごまかしたり。
でも、それがよかった。
そこに、
嘘のない”生きた言葉”があった。
最後、若者はこう締めくくった。
「誰だって失敗する。
だから、怖がらずに、
好きなことをやりましょう!
無駄な抵抗は、よせ理論!!」
会場は、
わぁっと大きな拍手に包まれた。
ステージ袖に戻った若者は、
思わず笑ってしまった。
顔は汗だらけ、手はベタベタ。
でも、心の中は、
晴れやかな青空みたいに
澄み渡っていた。
スマホには、
あの日のしもやんからの
メッセージが光っていた。
『失敗してこそ、ホンマもんや。
デビュー、おめでとう!
次はもっとオモロくなるで!』
若者は、涙ぐみながら、
小さくつぶやいた。
「よっしゃ、また次も
寝癖立てていこか。」
そして、次のステージへと、
歩き出した。
『無駄な抵抗はよせ理論』
〜たいち、初めての涙のスピーチ〜
備前市の
小さな市民ホールのステージの上に、
たいちの姿があった。
つい半年前まで、
高校生だったたいち。
工場に就職して、
あっという間に社会人になった。
でも、現実は甘くなかった。
朝から晩まで、工場のなか。
鼻をつく薬品の匂い、
ズキズキする頭痛、
怒鳴り声が飛び交う、
張りつめた空気。
何度も、もう辞めたいと思った。
でも、そのたびに
父親に怒鳴られて、叱られて、
歯を食いしばって、無理やり
体を引きずるように出勤した。
そんなたいちが、
今、ステージの真ん中に立っている。
客席には、吉永町の地域の人たち。
そして、最前列には
焼き芋屋だった頃に出会った、
しもやんの姿もあった。
たいちは、手に持ったマイクを
ぎゅっと握りしめた。
少しだけ震える声で、語りはじめた。
「正直、僕は今の仕事が、
めちゃくちゃキツかったです。」
会場が、しんと静まりかえる。
「工場の中は、
薬品の匂いがすごくて、
頭が痛くなって、
気持ち悪くなる日もありました。
ミスをしたら、怒鳴られて……
自分がすごく、
情けなく思えたこともありました。」
たいちは、
そこで一度、言葉を止めた。
ぐっと息を飲んで、
空を見上げるようにして続けた。
「毎朝、仕事に行くのがイヤで……
辞めたいって親に言ったら、
怒られて……
なんで俺だけ、
こんな目にあうんやろって
思ったこともありました。」
客席に座る誰もが、
たいちの言葉に静かに
耳を傾けていた。
「でも……」
たいちは、少し顔を上げた。
そこに、
微笑みながら聞いてくれている、
しもやんの顔が見えた。
「ある日、思ったんです。
こんなにしんどい場所でも、
優しい先輩がいて。
休憩中にジュースを
おごってくれたり、
”お前も最初はしんどいよな、
でもそのうち慣れるから”って
笑って言ってくれたり。」
たいちの声に、だんだん力がこもる。
「怒鳴ってくる上司もいたけど、
静かに見守ってくれる人もいた。
何度も失敗して、落ち込んだけど……
それでも、次の日には
“おはよう”って言ってくれる人がいた。」
たいちの目から、涙が一粒こぼれた。
「しんどい毎日だったけど、
それでも、僕はそこで、
生きることを学びました。」
会場から、すすり泣く声が聞こえた。
「だから、今は
あの工場に入ったこと、
感謝しています。
あの苦しかった日々も、
悔しくて泣いた夜も、
全部、僕の大切な宝物です。」
マイクを持つ手が、
もう震えていない。
たいちは、
まっすぐ前を向いて言った。
「だから、みなさん。
もし、今つらいことがあっても、
それは未来の自分を作ってるって、信じてください!」
客席から、
温かい拍手がわき起こった。
ひとり、ふたり
やがて、全員が立ち上がって、
たいちに大きな、大きな拍手を送った。
ステージの袖に戻ったたいちに、
しもやんが駆け寄ってきた。
「たいち、お前、最高やったぞ!!」
たいちは、はにかんだ笑顔で答えた。
「しもやん、俺、やっとわかったわ。
無駄な抵抗は、よせよせ、やな。」
ふたりは、
がっちりと握手を交わした。
たいちの未来は、
まだまだこれからだ。
でも、大丈夫。
彼にはもう、
「自分を信じる力」がある。
失敗を恐れず
ありのままの自分でやれば
すべてうまくいく
無駄な抵抗はよせ理論
覚えておこう!
byしもやん
夜空の星が、まるで祝福するように、きらきら輝いていた。